"銀行員の妻も列に並んだ日" 第10話
娘の学費。
族の活費。
今ではさく見える額だった。
だが当のには、族の将来そのものだった。
清吉はしばらく通帳を眺めていた。
「何考えてるの」
が聞いた。
「あののことや」
「まだ覚えてるの」
「忘れるわけないやろ」
は清吉の向かいに座った。
「私もね」
し笑った。
「あなたがので叫んでるの、今でも覚えてる」
清吉は苦い顔をした。
「預は全です、やろ」
「そう」
「恥ずかしいからやめてくれ」
「何で。仕事してたんでしょう」
清吉は通帳を閉じた。
「本当は怖かった」
の笑みが消えた。
「あの?」
「ああ」
初めて言った。
「で何回も丈夫と言いながら、のでは、どうなるか分からんとってた」
は黙って聞いた。
「おを列のに見つけた、腹がったんや」
「私に?」
「違う」
清吉は首を振った。
「自分にや」
は何も言わない。
「妻させられんのに、100ので全ですって叫んどる自分が、急に馬鹿みたいにえた」
は古い通帳へ目を落とした。
「でも、あのはそうするしかなかったんでしょう」
「そうかもしれん」
「だったら、それでいいじゃない」
清吉はさく笑った。
「おは昔から簡単に言うな」
「難しく考えるのはあんたの仕事でしょう」
はしばらく笑った。
やがてが通帳を受け取り、また箪笥へ戻そうとした。
清吉が呼び止めた。
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「それ、置いといてくれ」
「何で?」
「忘れんために」
は何も聞かず、通帳を清吉のへ置いた。
清吉は表を指でゆっくり撫でた。
昭2の、本で々が失いかけたものは、だけではなかった。
昨までいていた扉が、翌朝には閉じる。
昨まで信じていた言葉が、翌には疑われる。
通帳に数字が残っていても、
「本当に返ってくるのか」
とった瞬、そのにとっては以と同じものではなくなる。
だから清吉は、そのの員で「預を守る仕事だ」とだけは言わなくなった。
預は切だ。
帳簿も切だ。
を続させることも必だ。
だが、その全部の向こう側に預者がいる。
子どもの学費を配する母親がいる。
孫のために貯める老女がいる。
商売を始めたい男がいる。
の活費を元へ置いておきたい族がいる。
そのたちを忘れた瞬、は数字だけの所になる。
清吉があの守ろうとしたのは、何だったのか。
勤め先だったのか。
預者だったのか。
族だったのか。
最まで、自分でもつには決められなかった。
もしかすると、その全部だったのかもしれない。
そして全部を同に守れない、は迷う。
も迷った。
清吉も迷った。
支も、若い員も、に並んだ100も、それぞれ違う所で迷っていた。
それが昭2のだった。
何が経っても、清吉のには折、あのの自分の声が戻ってきた。
「皆さん、落ち着いてください!」
「当の預は全です!」
「順番にお取り扱いいたします!」
若かった頃よりしい自分の声。
その向こうに広がる々のざわめき。
そして列のから、何も言わず自分を見ていたの顔。
清吉は古い通帳を閉じた。
はを預かる所だ。
しかしだけを預かっているわけではない。
族の将来。
老の。
商売への希望。
そして、
「もここに来れば返してもらえる」
という、がを信じる気持ち。
昭2の、本ので最も揺らいでいたのは、その目に見えない預だった。
清吉はそれを、妻が並ぶい列ので初めてった。
そしてそのから何経っても、最まで忘れることはなかった。
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