"焼け残った家を壊せと言われた" 第10話
信は清吉にも緒にこうと声をかけたが、父は「おがけばいい」と言い、の奥で豆を選び続けた。
信は男を連れて井戸へ向かった。かつて相沢があった所は完全にの部となり、どこが先で、どこが茶のだったのか、信でさえ正確に指さすことは難しくなっていた。それでも井戸だけは昔とほとんど同じ所に残り、縁にを触れると、幼い頃に縄を引いたの触が議なほど鮮に蘇った。
「父ちゃん、本当にここにがあったの?」
男が議そうに尋ねた。
「この辺りだよ。あそこがで、こっちが裏庭だったとう」
「の真んじゃん」
「今はな」
信は笑いながら答えた。子どもにとっては、まれたからそこにがあり、その脇に古い井戸があるだけだった。々が密集し、細いをがすれ違い、空襲のあとには焼けた柱が何本もっていた町など、像する方が難しいのだろう。
町内会の々と相談した結果、案内板には井戸の由来を簡潔に記すことになった。戦災直に周辺のが止まった際、この井戸が臨の所として使われ、くの民がを得たこと。区画理で周辺の建物が移転したも、民の望によって非常用の共同井戸として残されたこと。そのつだけをき、誰かを英雄のように扱う文章にはしなかった。
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「清吉さんの名も入れたらどうだ」
田の息子がそう提案したが、信はし考えて首を横に振った。
「親父は嫌がるといます。井戸をけたのはうちですけど、を運んだも、順番を決めたも、怪を連れてきたもいた。あのは町で使ったんですから」
自分でその言葉をにした、信は父が昔「うちがを守った」と何度も言っていた理由を改めてった。若い頃の信は、その言葉をへの執着だとしか理解できなかったが、今なら父も最初から答えをっていたわけではないことが分かる。を残した、井戸を残す、しいを受け入れるを、清吉自も戦ののでしずつ見つけていったのだ。
しい案内板が完成した、信は枚の写真を持って帰った。夕、茶ので清吉へ差しすと、父は鏡をかけ直し、写真をいこと眺めた。板にかれた文章を何度も読み、最に「俺の名はないのか」とぼそりと言った。
「入れようかって話もあったよ」
「いらん」
「やっぱり」
信が笑うと、清吉もわずかに元を緩めた。
「井戸は俺のもんじゃないからな」
その言葉を聞いて、信は何も返さなかった。かつて役所の職員に向かって「うちのだ」「うちの井戸だ」と鳴っていた父が、何も経って自分からそう言えるようになったことが、胸に残ったからだった。
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数、清吉は静かに息を引き取った。葬儀には昔からの常連だけでなく、旧町内からも何ものが訪れた。そのには信のらない老もおり、焼を終えたあと「戦争のあと、をもらった者です」とをげるまでいた。
葬儀が終わったの夕方、信はで井戸へ向かった。しくなった案内板のには誰もおらず、町をるの音だけがくから聞こえていた。井戸を覗き込むと、面は昔と変わらず暗く、その奥でさく空のを映していた。
信は父が最に言った言葉をいした。
「井戸は俺のもんじゃない」
その通りなのだとった。ももも、いつか持ち主が変わり、建物は壊され、町の形さえ変わっていく。それでも、そこで誰かが誰かへ渡したや、困ったに助けった記憶だけは、の所物にはならない。
だからこそ、それはく残るのかもしれない。
翌から信はいつも通りをけた。古い札のから豆腐を煮る湯気ががり、朝の通りには通勤するや学へ向かう子どもたちがき交う。焦げ跡の残った柱は今もの奥で根を支え、そのしれた所では、かつて相沢の裏庭にあった井戸がしい町の部として残り続けていた。
戦争をらない子どもが、その井戸を見て「これは何」
と尋ねる。そのたびに誰かが、「昔、この町でみんながを汲んだ井戸だよ」
と答える。
それだけでよかった。
清吉たちがきた代を、何もかも正確に伝えることなどできない。それでも、つの井戸から始まる話が残っている限り、焼け跡ので々がどのようにき、何を守り、何を放して次の代へんだのか、その記憶まで完全に消えることはないのだと、信はうようになっていた。
※戦の戦災復興、区画理、換などを背景にした創作です。
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