明治31年、信州の宿場町で酒屋を営んでいた清吉が、流行り病で突然亡くなった。 妻の千代は、18年連れ添った夫を送り出すため、通夜から葬式まで休むことなく働いた。三人の子を育て、店を切り盛りし、町の誰もが彼女を「松乃屋の奥さん」と呼んでいた。 しかし葬式の翌朝、本家の兄が一冊の書類を持って現れる。 「あなたは、清吉の妻として入っていない」 戸籍に名前がない。正式な嫁ではない。松乃屋も土地も家も、本家のもの――。 18年積み重ねた夫婦の暮らしは、一枚の書類で否定されてしまうのか。 夫を失ったばかりの千代に突きつけられた、あまりにも冷たい現実。だが、彼女が守ってきたものは、家でも看板でもなかった。 明治の「家」制度に翻弄されながらも、母と子どもたちが自分たちの居場所を取り戻していく物語。