"16歳、家を出た姉" 第10話
「あの」
源蔵が言った。
「叩いて悪かった」
千代の目がきくなった。
父が謝るとはっていなかった。
「あれからずっとってた」
源蔵は自分のを見た。
「追いかければよかった」
「追いかけてきたら、私逃げたよ」
千代が言うと、源蔵は顔をげた。
「何だと」
「だって帰らなかったもの」
「この馬鹿」
「父ちゃんも頑固だから」
源蔵の元がわずかにいた。
「誰に似た」
「父ちゃん」
今度はとも笑った。
千代は箱を父へ戻した。
「この、取っておいて」
「おのだ」
「じゃあ私が使い決める」
「何に使う」
「郎の学」
源蔵が顔をしかめた。
「また弟か」
「ふさの着物でもいいよ」
「自分に使え」
千代はし考えた。
「じゃあ半分だけ」
「全部持ってけ」
「半分」
「全部」
はまた言い争った。
のから勇の声がした。
「帰ってきた初から喧嘩するなよ」
千代は笑った。
その笑い声を、源蔵は4ぶりにので聞いた。
千代はその、しばらく実で暮らすことにした。
すぐに町へ戻るつもりだったが、母が「しくらい休みな」と言い、父も何も反対しなかった。
最初の数は、のに自分の居所が残っていることが議だった。
布団。
茶碗。
古い櫛を置いていたさな箱。
全部、しずつ形を変えながら残っていた。
ふさが千代のそばへ座り、裁縫を教えてほしいと言った。
「姉ちゃん、でも縫い物するの?」
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「しないよ」
「じゃあ何でいの」
「母ちゃんに教えてもらったから」
ツネは横で笑った。
「昔は針持つの嫌がってたけどね」
「言わなくていいよ」
郎は学から帰ると、千代へ今あったことを全部話した。
誰が転んだ。
先に褒められた。
友達と喧嘩した。
腹が減った。
4ならに来なかった「腹が減った」が、このでは普通の言葉になっていた。
ある夕方、千代は父と畑へた。
を起こしながら源蔵が言った。
「町へ戻るのか」
「まだ決めてない」
「は?」
「戻れば働けるよ」
「そうか」
「でも、今度は自分のためにし貯めようかな」
源蔵は鍬を止めた。
「そうしろ」
千代は笑った。
「父ちゃんがそんなこと言うとわなかった」
「俺を何だとってる」
「頑固者」
「おに言われたくない」
のが畑を渡った。
4、千代がをた朝とは違うだった。
あの頃は、自分がいなくなることだけが族を助ける方法だとっていた。
今は違う。
勇は働いている。
正男も学び続けている。
ふさもきくなった。
郎は元気に学へ通っている。
母も以よりし顔が良くなった。
父の背はさくなったように見えたが、それでも毎畑へていた。
「父ちゃん」
「何だ」
「私、あの、本当に違ってなかったとってる」
源蔵は鍬をかしながら答えた。
「分かってる」
「でも」
千代はしを置いた。
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「16歳の子が考えることじゃなかったね」
源蔵のが止まった。
千代は畑のを見た。
「私が減ればいいって、本気でってた」
「……」
「あのは、それしかないとってた」
源蔵はしばらく黙っていた。
「もう言うな」
「何で」
「聞きたくない」
「父ちゃん」
「おが悪いんじゃない」
源蔵は娘を見た。
「そんなことを16の子に考えさせたのが嫌なんだ」
千代は父を見つめた。
4には、そんな言葉を聞くことは来なかった。
父も言えなかった。
自分も聞こうとしなかった。
夕方、へ戻ると卓には粟の混じった飯が並んでいた。
郎が椀を持ちげた。
「今もおかわりある?」
ツネが笑った。
「あるよ」
「杯?」
「杯べてから聞きな」
千代は自分の茶碗を見た。
し古い。
縁にさな欠けもある。
けれど、そのにはちゃんと分の飯が盛られていた。
誰かの分を減らして作った杯ではない。
千代のための杯だった。
勇が向かいから言った。
「姉ちゃん、べないの?」
「べるよ」
「めるぞ」
「分かってる」
千代は箸を取った。
をるの夜、郎は空の椀の底を何度もこすっていた。
母は「の朝の分がある」と嘘をついた。
父は昼飯をべていないのに「腹が減っていない」と嘘をついた。
自分は「減ればいい」と計算した。
あれから4。
族は豊かになったわけではない。
の暮らしを配しなくていいほど余裕があるわけでもない。
それでも今夜は、誰も自分の分を弟へ隠して渡していなかった。
誰も「腹いっぱいだ」と嘘をついていなかった。
郎が杯目をべ終えた。
「母ちゃん、おかわり」
「はいはい」
ツネがちがる。
千代はその景を見ながら笑った。
源蔵が尋ねた。
「何がおかしい」
「何でもない」
「変なやつだ」
「父ちゃん」
「何だ」
千代は茶碗を両で持った。
「これ、取っておいてくれてありがとう」
源蔵は噌汁をみながら答えた。
「おのだからな」
それだけだった。
けれど千代には分だった。
自分は4このにいなかった。
それでも、から消えたわけではなかった。
毎送った5円が、くれたへ届けた言葉だったのだとすれば、
《私はここできている》
そうらせるための言葉だったのだとすれば、
父が4守り続けたつの茶碗もまた、千代には届かなかった返事だった。
《おの所は、まだここにある》
ではのが吹いていた。
のでは、の子どもと両親の声がなっていた。
そしてその夜、佐々の卓からは、もう誰として「減ればいい」と考える必はなかった。
※本作は、昭初期の農における況や凶作、奉公・稼ぎにる若い女性たちの社会状況を背景にした創作です。
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