"帳簿から消えた14歳" 第1話
正5の、阪の町れを流れる川沿いには、いくつものが肩を寄せるように建っていた。黒ずんだ煉瓦造りの建物からは朝くから煙がちのぼり、川には荷がき交い、が暮れても械の音だけはなかなか止まらなかった。その角にある品加所も、噌や醤油に使う原料の蒸煮から瓶詰め、箱詰めまでを請け負うさなだった。
で働く者の半分くは女で、そのくが奈良、、滋賀などの農からみ込みでやって来た娘たちだった。17歳や16歳なら珍しくもなく、には尋常学をてまだ数しか経っていない女までいる。の裏には階建ての寄宿舎があり、畳ほどの部にからが寝起きしていた。
19歳の松崎トミと、14歳の妹ハルも、その寄宿舎で暮らしていた。
が奈良のをたのは、そののだった。のに父が肺を患ってくなり、残された母サキと、11歳の清、8歳の庄吉をさな畑だけで養うことが難しくなったからである。父の葬式が終わってまだも経たないうちに、へ集めに来た周旋の話を聞き、先に働いていたトミが妹まで阪へ連れてきた。
「うちも働く」
そう言いしたのはハルの方だった。母は最初、まだ14歳だからと反対したが、農へ奉公にすより姉と同じ所の方がだろうという周囲の言葉に押され、最には黙って呂敷包みを作った。
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毎、を受け取ると、トミは自分の元に2円ほどを残して残りを故郷へ送った。寄宿舎代や費を差し引けばした額ではなかったが、それでも母と弟たちには必なだった。ハルはさらに徹底していて、しい櫛も髪油も買わず、休にの娘たちが饅や飴を買っていても、自分だけはをそうとしなかった。
「ハル、あんた餡子好きやったやろ」
ある休、トミが包みから半分に割った饅を差しすと、ハルはをしかめてみせた。
「阪来てから嫌いになった」
「嘘つき。の祭りでつべたやん」
「昔の話や」
そう言って笑ったあと、ハルは饅を受け取らず、弟の清から届いたを畳んだ。清がしい算術の教科を買ってもらったといていたことを、トミは横から見てっていた。
のはかった。まだ空が暗いうちから起の鐘が鳴り、顔を洗ってへ入ると、蒸気釜のがすでに赤々と燃えている。蒸しがった豆や麦を運び、気の残る瓶を洗い、箱へ製品を詰め、注文がて込めば夜になっても仕事は終わらなかった。
とりわけは忙しかった。末に向けて問から注文が増え、監督の崎は「ぇ止めたら荷がにわんぞ」と鳴りながらのを歩き回った。夕を済ませて再び作業へ戻ることもあり、ハルが飯茶碗を持ったまま何度もうとうとしているのを見ると、トミは胸の奥がくなった。
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「もうちょっときなってから働いてもよかったんやで」
何度目かの夜、トミがそう言うと、ハルは眠そうな目をこすりながら噌汁をすすった。
「姉ちゃんので、べられるん?」
「そら……すぐには無理やけど」
「ほんなら言わんといて。うちも働きたいから働いてるんや」
妹が本当に望んで働いているわけではないことくらい、トミには分かっていた。それでも、ハルが自分ので弟たちを学へ通わせているという誇りまで否定することはできず、その夜もそれ以何も言えなかった。
そんな10の初め、へ枚のが届いた。
事務所のに職たちが集められ、から来た役らしい男が、法というものについて説した。難しい言葉がく、トミには半分も理解できなかったが、女子や者の働かせ方についてしい決まりが始まったことだけは分かった。労働、休憩、休、齢、夜の作業について、これまでのようには扱えなくなるという。
そのの寄宿舎は、いつになく騒がしかった。誰かが「夜まで働かされんようになるらしい」と言えば、別の娘が「に休みが決まるんやって」とび、まだ制度の細かなも分からないまま話だけがきくなっていった。
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