"帳簿から消えた14歳" 第3話
「うちだけやない。ヨネもシズも、別の名になってる」
「なんでそんなことさせたん!」
わず声を荒らげると、ハルも顔をげた。
「言うたらどうなるん?」
「どうなるって、元に戻してもらうんや。ちゃんと14歳の松崎ハルで働いたらええ」
「ほんなら、夜の仕事減らされるやろ」
「減らされた方がええやん。毎晩こんなんやったら体壊すで」
「も減るやん」
トミは、そこで初めて妹が何を恐れているのかを理解した。
ハルはっているような、泣きたいのをこらえているような顔で姉を見ていた。
「弟ら、学辞めさせるん?」
「そんなこと言うてへん」
「ほんなら誰がりん分払うん?」
「うちがもっと働く」
「姉ちゃんだって今でも毎働いてるやん」
トミは返す言葉を失った。法律が妹の体を守ってくれるかもしれないとんだ自分は、その先に減るを誰が埋めるのかを、本当には考えていなかった。
ハルは声を落とした。
「姉ちゃんが守ってくれるんやったら、減ったも姉ちゃんがくれるん?」
その言は、鳴り声よりもくトミの胸へ刺さった。
それから数、トミは妹の名が消えた帳簿のことばかり考えていた。作業に蒸気ががるたび、い湯気の向こうに「松崎吉」という文字が浮かぶような気がし、自分の隣で働いているハルが本当にのからいなくなってしまったようなに襲われた。
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ところが当のハルは何事もなかったように働き続け、トミが帳簿の話をそうとすると骨に顔を背けた。
のを注して見てみると、以は気に留めなかったことが目につくようになった。事務所の棚には同じようなきさの帳面が何冊もあり、崎が々冊だけを鍵付きの引きしへ戻している。若い娘たちの勤務札も、事務員の野が目を避けるようにき換えていることがあった。
ある晩、トミは古株の女タケと洗いできりになった。32歳のタケは10以を渡り歩いてきた女で、若い娘たちがをしたには監督へ掛けい、寄宿舎では母親代わりのように面倒を見ている。そのタケなら何かっているのではないかとい、トミはい切って尋ねた。
「タケさん、に吉いう男、おります?」
タケのが瞬止まった。
「何や、急に」
「妹と同じ名字で、同じの所になってるんです」
タケは濡れたを掛けで拭き、しばらくトミの顔を見たあと、声を落とした。
「帳簿、見たんか」
その言い方で、タケもっていることが分かった。トミが頷くと、タケは周囲を確かめ、誰もいないのを見てから洗いの隅へ移した。
「吉なんて男はおらん。ヨネは『米吉』、シズは『静太郎』になってる。あんたの妹だけやない」
「いつからです?」
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「法律の話がるから似たようなことはあった。の若い子をにくとか、辞めた職の名を残すとかや。でも今度のはもっと骨やな」
トミは背筋がたくなるのをじた。崎のいつきではなく、そのものが以から帳簿を使い分けていたのなら、役が度来た程度で簡単に終わる話ではない。
「何で誰も言わへんのです?」
タケはすぐには答えなかった。洗いの向こうでは、ハルたちが箱を積みげる音が響いていた。
「言うたら、どうなるう?」
また同じ言葉だった。
「悪いことしてるんはやないですか」
「そうや。せやけど役がを叱ったら、からうちらの腹が膨れるんか?」
「それは……」
「法律できたからいうて、貧乏まで昨で終わったとうんか」
トミは何も言えなかった。タケはたいへを戻し、瓶を本ずつ洗い始めた。
「法律はる。こんな働かせ方、いつまでも続いたらあかん。それでもな、急に働く減らしても減らす言われたら、番先に困るんは崎でも社でもない。あんたの妹みたいな子らや」
「ほんなら、このままでええんですか」
「よくない」
タケは即座にそう答えた。
「けど、正しいことしたら必ず皆が助かるうたらあかん。正しいことにも、払うもんがある」
その晩、トミはなかなか眠れなかった。
法律を守らせれば妹が救われると単純にっていた自分が恥ずかしくなり、方で、だからといって14歳の娘を17歳の男に仕てることを認める気にもなれなかった。
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