"古道具屋の制服" 第1話
20013、樽。 港から吹きつけるはまだ肌寒いが、分いのから覗く黒いアスファルトが、く厳しいの終わりを告げていた。 解けがの端に溜まり、折通りすぎるのタイヤががかったしぶきをげていく。 そんな町のどこにでも見られる景が、このから佐藤にとっては、度と戻らない常との境界線になった。
の卒業式を3に控えたその朝、佐藤み咲(18歳)はいつもより数がなかった。 卓に並んだ焼き鮭と湯気のつ噌汁をに、ただ黙々と箸をかしている。
「み咲、卒業式の練習が終わったらすぐに帰ってくるんでしょう? 夕飯伝ってよ」
母・わこの声がしだけ弾んでいるように聞こえた。 娘のれのをにした母親特の気恥ずかしさと、びが入り混じった響きだ。 しかし、み咲からの確な返事はなかった。 彼女はただ窓の、まだが残る庭を見つめている。 その瞳には、18歳の女が持つべき輝きとは違う、どこかないで諦めたようなが浮かんでいた。
「聞いてるの?」
「うん、ごめん。分、友達とオルゴール堂に寄ってから帰る。卒業記に何か買おうって約束してるから」
その声は静かな面にを投げたように、かすかな波紋だけを残して消えた。 わこは娘の横顔によぎったの正体を図りかねていた。
広告
最み咲が折り見せる表だった。 何か悩みを抱えているのかと尋ねても、彼女は「何でもない」と力なく笑うだけ。 期特の揺らぎだろうか、そう自分に言い聞かせ、わこはそれ以踏み込むことをやめた。 それが涯にわたる悔の始まりになるとは、るよしもなかった。
「じゃあ、気をつけてね」
玄関でローファーを履く娘の背にかけた言葉が、最の会話となった。 ガチャリと閉まったドアの向こう側、解けのぬかるみに残されたさな跡を、の淡いが照らしていた。 それが、彼女の最の姿だった。
そのの夕方、み咲は帰ってこなかった。 約束していた友が「待ちわせ所のオルゴール堂にみ咲ちゃんが来なかった」と配して話をかけてきたのだ。 最初はどこかででもっているのだろうと、わこも夫のも楽観に考えていた。 しかし夜が更け、計の針が真夜を指しても、玄関のドアがくことはなかった。
くに聞こえるの汽笛が、夜にきく臓に響く。 の周りを満たす潮のりと、港から漂う微かなディーゼル燃料の臭いが、この夜はなぜか吉な気配をまとっているようにじられた。 警察への通報は、付が変わる直の夜に及んだ。
翌から、の空ので規模な捜索が始まった。
広告
しかしみ咲の取りは、樽の観名所であるメルヘン交差点で途絶えていた。 聞き込みに対し、クラスメイトの1が「そういえば、み咲ちゃんが1で運の方へ歩いていくのを見た気がする」と曖昧に証言した。 古い倉庫へ向かう、その寂しい裏通りへ。 その証言だけが、唯のがかりだった。
警察はと事件の両面で捜査をめたが、み咲が自ら姿を消すが見当たらない。 部に残された記には、友とのないやり取りや卒業のへの淡い期待が綴られているだけ。 そこには族にも見せなかったい絶望の痕跡は、とも残されていなかった。
々は無に過ぎていく。 卒業式の、み咲の席だけがぽっかりと空いていた。 娘の名が呼ばれ、代わりにから卒業証を受け取ったわこは、込みげる涙を堪えることができなかった。 壇から見渡す体育館、そこにいるはずの娘はどこにもいない。 この現実を受け止めきれず、ただち尽くす彼女のに、窓ガラスを叩く解けの滴る音が夜けにきく響いていた。
は々の記憶から事件をれさせていく。 季節が巡り、樽運を彩るガス灯のが何度の解けを映し込んでも、み咲が帰ってくることはなかった。 やがて女子の失踪はこので囁かれる数ある都伝説の1つとなり、々の常の裏側へと沈んでいった。
族を除いては、佐藤だけはが凍りついたままだった。
広告
おすすめ作品
-
完結第15話
離婚した元夫は、私の再婚相手を知らない
離婚が成立した直後、警察官の元夫は私を見下して笑った。 「四十の女医なんか、誰も拾わない。せいぜい他の男を探せばいい」 私はその言葉どおり、裁判所の外で待っていた黒塗りの車へ乗り込んだ。後部座席にいたのは、かつて私が十四時間の手術で命を救った男性――そして元夫が勤める県警の頂点に立つ警察本部長だった。 その翌日、元夫の若い恋人から届いた一枚の写真に、不自然な公費精算の印が写り込んでいた。さらに若手刑事が現れ、二千万円を超える捜査費横領と、県警内部の隠蔽を告発する。 ところが、その夜。緊急手術を要する重傷者が病院へ運び込まれた。 血まみれでストレッチャーに横たわっていたのは、つい数時間前まで私を嘲笑していた、元夫の恋人だった。夫婦|真実|裡の顔|修羅場|不倫2.2万字5 527 -
完結第18話
昭和44年、最終バスから消えた女性車掌
昭和44年、女性車掌・藤村紀子は最終バスの途中で姿を消し、車掌鞄から三万円を盗んで逃げたと噂された。25年後、娘の美和が廃校の屋根裏で十三枚の乗車券を発見する。当夜の公式記録は乗客十二人だったが、十三枚目は家庭で虐待されていた九歳の少年・高瀬誠の切符だった。 紀子は帰宅を拒む誠を継父・大島へ渡さず、夫の英一に託して鉱山会社の不正資料を取りに向かった。事故隠蔽や児童労働の証拠を掴んだものの追われて富山へ逃れ、その後三度手紙を送っていた。しかし英一は、最初は誠を守るため、後には自分の嘘が露見する恐怖から、すべて受取拒否にしていた。三万円の盗難も、運転手や営業所長らが作った偽装だった。 生存していた紀子と再会した美和は、母の潔白を証明しても、25年の不在まで無条件には許さない。会社記録は訂正され、十三枚の切符は廃校の資料室に保存される。父母は離婚し、美和は双方と境界を定めながら関係を築き直す。最後に母娘は一緒に資料室の戸締まりをし、次に会う日を、初めて誰にも決められず自分たちで選んだ。歴史|昭和|ミステリー|真相2.7万字5 308 -
完結第18話
昭和五十一年、消えた父の声を十八年後に聞いた
昭和51年、深夜番組の途中で言葉を止めたアナウンサー・孝一が、そのまま姿を消した。局から消えた200万円を持ち逃げしたと疑われ、家族には盗人という噂だけが残る。18年後、娘の奈津美は放送局の壁から、当夜の未放送音声を記録したテープを発見する。 調査の末、孝一はダム建設に伴う戸籍偽装と土地補償の不正を知り、死亡したことにされた女性の娘を守ろうとして町を離れたと判明する。200万円の受領書も局幹部による偽装だった。しかし危険が去った後も、孝一は家族に拒絶されることを恐れ、自ら帰らない年月を重ねていた。 奈津美たちは父と再会するが、すぐに昔の家族へ戻ろうとはしない。父の潔白だけでなく、その後の沈黙も記録に残し、それぞれの距離で関係を築き直す。資料館では途切れた放送と地域の声が保存され、孝一は新たな記録に《今度は、返事がなくても、自分から確かめる》と書き残した。昭和|ミステリー|真相|行方不明2.7万字5 229 -
完結第16話
廃線駅に殘された最後の切符
昭和43年、廃線となった白沢駅で、老駅長・源吉は毎年3月12日になると、昭和25年の日付が入った東京行きの切符を机に置いていた。若い駅員の修一が調べると、その日は14歳の少年・健一が故郷を離れた日だった。 健一は別の少年を助けるために名前を貸し、故郷では東京へ就職したことになっていた。しかし本人は別の土地で働き、母へ送った手紙も届かないまま、帰る場所を失っていた。源吉は、東京へ行きたくない健一を時代の流れに任せて送り出したことを、長年悔やんでいた。 源吉の死後、白沢駅へ戻った健一に、修一は最後の切符を渡す。それは旅立ちを促すためではなく、「いつでも帰ってきてよい」と伝えるために残された一枚だった。健一は草に覆われた廃線跡を歩き、置き去りにした故郷との時間に向き合う。歴史|昭和|ミステリー2.4万字5 145 -
完結第12話
万引きを疑われた私に、警備員が「六万円で見逃す」と言ったので父に電話した
ロンドンから帰国した紗季は、父が経営するショッピングモールを客として訪れた。ところが突然、身に覚えのない万引きを疑われ、警備室へ連行される。鞄から出てきたのは、見たこともないネックレス。さらに警備員は「六万円払えば見逃してやる」と、用意済みの自白書を突きつけてきた。 だが彼らは知らなかった。紗季が次期経営幹部として帰国した、社長の娘であることを。そして父への一本の電話をきっかけに、隠しカメラの映像、消された記録、何十人もの被害者が浮かび上がる。これは警備員の小遣い稼ぎではない。モールそのものを奪うため、会社の中枢で仕組まれた巨大な罠だった――。真実|金銭問題|修羅場2.1万字5 553 -
完結第12話
浄水器の異物から、夫の秘密が暴かれた
八か月前から原因不明の頭痛と吐き気に悩まされている美央。病院を巡っても異常は見つからず、夫・公平と義母・悦子は、仕事を辞めて療養するよう優しく勧めていた。父から相続した自宅と賃貸ビルの管理も夫に任せればいい――二人の気遣いを信じ、美央は自分の心が弱いせいだと思い始めていた。 ところがある日、交換したばかりの浄水器が異常を知らせる。点検に訪れた作業員が内部を開けると、正規のカートリッジは別物とすり替えられ、飲料用ではない物質が詰め込まれていた。さらに玄関の開錠記録と防犯映像から、美央の出張中に工具袋を持った義母が二時間近く家へ入っていたことが判明する。 安全な場所へ避難した途端、八か月続いた症状は急速に消えていった。分析で検出されたのは、長期間摂取すれば臓器に障害を残す危険のある特殊な工業薬品。その入手記録には、妻を心配し続けていたはずの公平の署名が残されていた。 多額の借金を抱えた公平は、美央の判断力を奪い、父の遺したビルを処分するための委任状まで準備していた。しかし押収された端末を調べると、計画は財産だけでは終わっていなかった。生命保険の受取人変更まで相談していた相手は、美央が体調不良について最も信頼し、何度も助けを求めていた人物だった。夫婦|真実|真相|修羅場1.8万字5 437 -
完結第15話
無能教師と呼ばれた僕が、AIで教室を取り戻すまで
生徒から「ダメ教師」と嘲笑され、同僚からも無能扱いされる高校教師・小野寺啓介。そんな彼に唯一手を差し伸べたのは、学年主任の朝倉美鈴だった。 ところが修学旅行の前日、朝倉が引き受けたはずの「しおり」が未完成だと発覚する。彼女は約束そのものを否定し、全責任を小野寺へ押しつけた。 旅行中止を告げられた教室では、生徒たちの怒号が飛び交う。 「お前のせいで、俺たちの青春が台無しだ!」 絶望する小野寺の前に現れたのは、かつて学校中から恐れられた元問題児・神崎優太。そして彼が持ち込んだのは、最新のAIと、朝倉の嘘を覆す“ある証拠”だった。 残された時間はわずか二時間。無能の烙印を押された教師は、AIを武器に四十ページのしおりを完成させ、生徒たちの修学旅行と失った教室を取り戻せるのか。職場逆転|真実|裡の顔2.3万字5 292 -
完結第11話
火曜日だけ「受取済」が増える町
昭和22年、大阪。配給日の火曜日になると、まだ米を受け取っていない家の通帳に、なぜか《受取済》の判が押されていた。 ある日、十六歳の俊夫の家も米を受け取れず、家族は一週間分の食料を失う。印影は母の判子と酷似し、配給所では叔父が帳簿を管理していた。 真相を確かめるため、俊夫は夜の配給所へ忍び込む。そこで見つけた裏名簿には、死亡者や未帰還兵の名義で今も米が支給されていた。 そして、その中には二年前に亡くなった父の名前もあった。 《高橋勇作 一人分》 《受取人 芳江》 母はなぜ、死んだ父の名で米を受け取り続けていたのか。さらに調べるうち、善意から始まった秘密の配給と、それを利用して本当に米を奪っていた人物の存在が浮かび上がってくる。歴史|昭和|ミステリー1.6万字5 157 -
完結第11話
棺の中で眠る娘と、吠え続けた秋田犬
秋田の豪雪地帯で、七歳の少女・雪の葬儀が営まれていた。ところが愛犬ハチだけは棺に向かって激しく吠え、畳を掻き続ける。周囲が狂犬扱いする中、前妻であり元救命看護師の静子は、棺の内側から聞こえる微かな音と、雪の指先の動きを見逃さなかった。 静子が葬儀を止めて棺を開けると、雪には脈と呼吸が残っていた。静子は的確な応急処置を行い、雪はついに「お母さん」と声を発する。無力だと見下していた静子に娘を救われ、後妻エミリーと父・健一は言葉を失う。 しかし、奇跡の生還で物語は終わらない。救急搬送される娘に付き添いながら、静子は「なぜ雪が猛吹雪の夜、裏山へ出たのか」という疑念を抱く。人生逆転|真実|真相|親子関係1.6万字5 981 -
完結第19話
廃線の駅で待ち続けた父
昭和37年、源吉は毎週金曜日、15年前に列車が来なくなった青谷駅のベンチで誰かを待っていた。駅員の中村が古い記録を調べると、源吉の息子・修一は終戦後の列車事故で消息を絶っていた。 しかし修一は、事故の直前に戦災孤児の健一を助けるため列車を降りていた。源吉が本当に待っていたのは息子ではなく、「修一さんに助けられた。いつか会いに行く」と手紙を送った健一だった。 中村は30歳になった健一を探し出す。修一の家族を苦しめることを恐れ、15年間会いに行けなかった健一は、最後の金曜日に青谷駅を訪れる。源吉はその顔へ震える手を伸ばし、「修一に似ている」と静かに告げた。歴史|昭和|ミステリー2.9万字5 256